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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)5268号 判決

原告 柴崎紀生

右訴訟代理人弁護士 今井孝一

被告 瀧野川信用金庫

右代表者代表理事 北島康男

右訴訟代理人弁護士 荒井秀夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、七五八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外きゅうじょう信用金庫は別紙手形目録(一)記載の約束手形を、訴外高崎信用金庫は同目録(二)記載の約束手形(以下これら二通の手形を「本件各手形」という。)をそれぞれその支払期日である昭和五九年二月二三日に、いずれもその支払場所になっていた被告赤羽支店に支払いのため呈示したが、被告は、本件各手形の振出人である訴外菱家商事株式会社(以下「菱家商事」という。)との間の振出手形の支払事務処理の委託契約に基づいて支払をすべき義務があったにも拘らず、いずれも裁判所の支払禁止の仮処分決定があったとの理由をもって支払を拒絶した。

2  しかし、右の仮処分決定というのは、本件各手形の振出人である菱家商事が債権者となり、債務者を手形上に全く氏名の表われていない訴外安里直、第三債務者を被告として申請した水戸地方裁判所土浦支部昭和五九年(ヨ)第一二号約束手形仮処分申請事件について、同支部が同年二月二二日発した仮処分決定(以下「本件仮処分」という。)のことであるが、本件仮処分は、第一項で債務者(安里)に本件各手形の取立て又は裏書譲渡その他一切の処分を禁止し、第二項で第三債務者(被告)に本件各手形に基づく債務者(安里)への支払を禁止しているにすぎないものである。

したがって、本件仮処分は、右安里に対して取立等を禁止するとともに、被告に対しては右安里に対してのみ本件各手形金の支払いを禁止するだけのいわば相対的な効力を有するに過ぎないものであり、それ以外の第三者であって正当な手形の所持人に対しては支払を禁止してはいないのである。

3  しかるに被告は、本件仮処分については第三者であり、本件各手形の正当な所持人であるきゅうじょう信用金庫及び高崎信用金庫の支払の呈示に対して、本件仮処分を理由に支払を拒絶したのであるから、被告に支払拒絶について故意又は過失があったというべきであり、そのために原告が被った損害を賠償する義務がある。

4  原告は、別紙手形目録(一)記載の約束手形を訴外日永商事株式会社から裏書譲渡を受け、これをきゅうじょう信用金庫に裏書譲渡し、また同目録(二)記載の約束手形も右日永商事株式会社から裏書譲渡を受けこれを高崎信用金庫に裏書譲渡したのであるが、本件各手形が被告により支払を拒絶されたため、原告はやむなく、本件各手形を右各信用金庫から各額面金額(各金四七九万二五〇〇円)を支払って買戻した。そのため原告は右と同額の損害を被ったのであるが、その後原告は、昭和六〇年七月三日までの間に振出人菱家商事から合計金二〇〇万円の支払を受けたので、結局原告の被った損害は金七五八万五〇〇〇円となる。

5  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として金七五八万五〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1のうち、被告が支払委託契約に基づき本件各手形の支払をすべき義務があったことは争い、その余の事実は認める。

菱家商事は本件各手形が支払のため呈示される以前に被告に対し本件手形の支払を拒絶して欲しい旨申入れているから、少くとも本件各手形に関する限り菱家商事からの支払委託はない。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

4  同4の事実のうち、原告が菱家商事より金二〇〇万円の支払を受けた事実は認め、被告の支払拒絶によって原否が損害を被ったことは否認し、その余の事実は不知。

本件各手形の支払期日たる昭和五九年二月二三日には菱家商事の当座勘定残高は僅か金六万七四六八円に止り、且つ右会社から別途支払資金の提供もなかったので、支払委託の有無に拘らず支払の事務はできなかった。この点で、被告の支払拒絶事務処理と原告の損害との間に因果関係がない。

三  被告の主張に対する反論

1  被告の主張する菱家商事からの支払拒絶の申入れというのは本件仮処分に従い支払を拒絶して欲しいというものであり、かりにこのような申入れがあったとしても、仮処分の効力は債権者と債務者間の関係においてのみ効力を生じ第三者に対してはなんらの効力も生じないから被告としては本件仮処分を理由として支払を拒絶すべきではないのである。

本件のような仮処分の申請をする振出人は異議申立のための預託金も出さずに不渡処分を免れるための手段としてこれを利用しようとするものであって、結局は手形金の支払を遅延させるか免れるためこれを悪用しようとする違法な目的をもった行為である。

被告のような金融機関はこれらの事情、とりわけ仮処分の効力等については十分承知しているのである。それにも拘らず本件仮処分を理由として支払を拒絶するのは右の違法な行為に加担するものであって責任を免れない。本件のように仮処分の債務者でない第三者からの呈示があった場合には仮処分を理由とするのではなく通常の不渡処理とするのが当然の行為である。本件後、手形交換所規則が改正され、そのような処理をするよう明示するにいたったのは仮処分の効力からして当然のことであって改正前においてもその法理に異なるところはない。

2  被告は、被告の本件各手形の支払拒絶と原告の損害との間に因果関係がない旨主張する。

しかし、本件各手形の呈示のあった昭和五九年二月二三日以後においても、同月二七日には金七三八万七八四円の、また同月二九日には金一六〇〇万円もの金員が菱家商事から被告方にある当座預金口座に入金され支払いがなされている事実等があることからすると、本件各手形の呈示の際、菱家商事の申入れにも拘わらず被告が通常の不渡処理をしようとしたなら、これを免れる目的のみをもって本件仮処分の申請をした菱家商事としては、速やかに支払資金を調達して支払をしたであろうことが容易に推測されるから原告の損害の発生と被告の行為との間に因果関係がないとはいえない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、被告が菱家商事との支払委託契約に基づき本件各手形の支払義務を負っていたことを除き、当事者間に争いがない。

また、同2の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば請求原因4の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三  原告が被告の不法行為として主張するところは、本件仮処分は、債務者である安里以外の者の呈示に対しては支払いを禁止する効力を有しないので、被告は、きゅうじょう信用金庫及び高崎信用金庫からの呈示に対しては本件仮処分を理由に支払いを拒絶することを得ないにも拘らず、振出人たる菱家商事の要請に応じて本件仮処分を理由に支払を拒絶し、「取引なし」又は「資金不足」を事由とする通常の不渡処理をしないこととしたため、菱家商事は本件各手形の決済資金を用意せず、もって所持人が本件各手形の支払いを受けることができなかったというにある。

確かに、手形交換における不渡届けの制度の目的からすると、本件のように、振出人の要請により手形の支払禁止の仮処分の債務者以外の者からの呈示に対して支払いを拒絶するときは、適法な呈示でないことを理由に支払いを拒絶するのではなく、振出人の信用に関する事由によるものとして通常の不渡処理をするのが妥当であるということができる。

しかし、《証拠省略》によれば、本件仮処分がされた昭和五九年二月当時、被告の加盟する東京手形交換所の規則では本件のような場合において支払銀行に通常の不渡処理をすべきことを明確に規定しておらず、一般的に、「適法な呈示でないことを理由とする不渡事由」として不渡届けをすることを要しない取扱いをしていたこと、本件仮処分がされたので被告の担当者は東京手形交換所にその処理について照会したところ右の事由をもって手形を返却すべき旨の回答を得、被告はこれに従って処理をしたものであること、昭和六〇年三月の東京手形交換所の規則の改正により初めて本件のような場合においては通常の不渡処理をすべきことが明確にされたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

そうだとすると、本件各手形が呈示された当時、東京手形交換所においては、本件のような場合に通常の不渡処理をすべきこととはされていなかったのであるから(なお、どのような事由をもってどのような不渡処理をし、それにどのような効果を持たせるかは手形交換所が自由に決定することができ、また、これは具体的な手形の決済を確保するためにその所持人その他の手形上の権利者に対する義務として行うものではないのであるから、東京手形交換所の規則の不備、したがってそれによる被告の処理の実質的観点からの不適切さをもって被告の行為の違法をいうことはできない。)、被告が本件各手形の呈示に対して本件仮処分を理由として支払いを拒絶し、通常の不渡処理をしなかったことは、原告に対する違法な行為であるというを得ない。

したがって、その余の点について判断を加えるまでもなく原告の不法行為の主張は理由がない。

四  以上のとおり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤修市)

〈以下省略〉

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